渡豪1年を迎えて・・・
sumin編


あの日から1年になるんだ〜。Kappaの学校も半分が終わり、生活にも慣れてきている。信じられないけど、1年が経つんですね・・・。
2005年1月14日。私たち家族は、アデレードの地に舞い降りました。飛行機から降りたときの私の姿は、
次男をおんぶ紐でくくりつけ次男の夜泣き&2回の引越し疲れ(大阪、神戸の実家)を引きずっていたので、
かなりお疲れムードたっぷりの雰囲気でした。
巨大な荷物と、3歳の長男の手を引いて・・・。

空港から、タクシーバスに乗り込んで、アデレードの町並みを見た時、「こんな所に来ちゃって大丈夫かな?」と、
かなり田舎街という印象が強くて、不安な気持ちになって行くのを感じていました。
そして、ユースホステルで、離乳食を作り、炎天下で子連れでの家探し・・・本当に過酷でした。
どうにかこうにか、住所も定まり、その1ヵ月後にはこのホームページをはじめることになり、現在もこうしてカチカチと
家族が寝静まった夜中にパソコンに向かっています。

この1年は激動の年でした。まず、言葉の分からない状態での生活。来た当初は、かなりヤバイくらいわかりませんでした。
例えば、スーパーのレジで、バーコードが上手く反応しないお菓子に対して、「このお菓子の値段覚えてる?」と、
聞かれても「???」でした。3回目で、やっと通じたほどです。早口に感じました〜。

そして、長男の幼稚園での先生とのやりとりも、恥ずかしい話ですが、前の晩に先生に伝いたいことは手紙を書き、
先生の前で読んでました。もちろん、通じないことも何度もありました。電化製品もよく壊れてしまい、
修理屋に電話しても英語が通じないし、相手から色々言われてしまったら、聞き取れないので会話が不成立なんて
何度もありましたよ。こんな調子なので、電話に出るのも掛けるのも初めの頃は苦痛以外の何者でもありませんでした。
ほとんど、挙動不審な状態でした。

あと、挨拶する時のハグなども、今でも時々戸惑いますが、初めはドキドキでした。
(今現在では、病院などの予約などは、ドキドキしますが、出来るようになりました。
でも、まだまだ生活するには問題があるレベルなので、勉強しないとヤバイと、思いつつ、遊んでばっかり・・・。
とにかく、どんどん外に出ないと、覚えないので恥をかきかき体当たりです。今度、とんでもない言葉を言って 
恥をかいたこと、HPに報告してみようかな・・・笑)

そんな中でも、育児、家事は待ってはくれないので、余裕の無いときは子供達にあたったりしてしまって、
駄目な母親です。でも、この二人の
息子たちが居てくれたからこそ、やってこれたんだと思っています。

長男は、日本出国時は、身長108センチ、体重16.5キロだったのが、現在は身長110センチ、体重18.5キロと成長しています。
こっちに来て1ヵ月後に、現地の幼稚園に通いだしました。
はじめは、楽しいだけだったのが、しばらくすると自分だけがコミュニケーションが取れないことで自分と、
他の子の「言葉の大きな違い」を小さいながらに感じているようでした。今では、元気に「Hello!!」と、友達の中に入って行き、
知っている単語を大きな声で発し、コミュニケーションしようとしている姿を見るたびに、母親の私のほうが元気づけられます。
そして、今年は小学校に入学する長男!彼にはどんなことが待ち受けているのかな?楽しみだね!!


そして、次男。彼には本当に手を焼きました。こちらに来てからも半年以上は夜泣きでが続いて、まともに寝られませんでした。
ハイハイしていた次男は、現在走り回っています。
大きな病気もしないで健康に育ってくれて、そして、最近は良く寝てくれてありがとう。
幼稚園に入るまで、もう少し昼間二人の時間があるので、楽しもうね・・・。

まだまだ手のかかる子供たち・・・。この1年で本当に大きくなりました。私が長男に「日本に帰りたい?」と、聞くと、
長男は「絶対嫌や!」と、言います。
何がそんなに良いのか?聞いてもニヤニヤしている長男。この答えは、もう少し大きくなってから聞かせてね!!

Kappaちゃん、あなたは本当にすごい人だと、我が夫ながら思います。
永住権を申請する際に必要な900時間の実務経験時間。このことは、アデレードに着いてから知った驚がく的な条件だったけれど、
すでに70%をクリアしているんだものね・・・・本当にすごいよ!
日本語でも良く分からないものがある専門用語の中で、ましてそれが英語で!、調理師経験ゼロで!よくやってこれたね!
もしかしたら才能あるのかしら?一番近くにいて全く気がつきませんでした・・・。
現地の若い同級生の中に入って、留学生がKappa1人という状況の中で1年のコースを無事に終了したことは本当にすごい
ことだと思います。

海外生活で、私は右も左もわからない場所に行ったとしても、Kappaと共に生きていくことに対して不安というのはありません。
むしろ、こんな場所だからこそ、私たちは嫌でも目立つのでここで何かできないかしら?と、思っています。
あと1年学生生活は続くので、その間に色々調べる貴重な時間と思っています。

この1年の間に、車も1台廃車にする事故を起こし、現在2台目。そして、洗濯機も壊して、2台目。
今、やばいのは掃除機!歯の治療費にもかなりお金がかかり、現在も治療中!と、色々壊しましたが、家族全員健康で
渡豪1年を迎えられて本当に良かったと思っています。

そして忘れてはならない、アデレードに着いてから支えてくれた沢山の人々。
初めにも書きましたが、私は右も左も分からない挙動不審な状態の時、日本人だというだけで、色々教えてくれたり、
家にまで招いて下さったり、皆さんが居てくれたからこそ、慣れない外国での暮らしも楽しんで生活できたんだと思います。

交通事故を起こしたときも、お友達のご主人が「移民してきた1年目は金がかかる。まして旦那が学生で収入が無いんだから、
この車を使いなさい。」と、初めて会った私たちに車を貸してくれた時の事。
まだ学生ビザので、実際の所は今後どうなるかわからない私たちに、
「国際結婚しても、しばらくは永住ビザが下りない時期があるから、スーミンさんの不安な気持ち分かるよ!」と、
言ってくださった言葉。
これらの言葉は、今思い出してもうれしくて涙がこみ上げてきます。

出会って来た人達のこうした暖かさがなかったら、私は幼子二人を抱えて、留守がちなKappaと、
ここでの生活は出来なかったはずです。

日本人以外にも、近所のオーストラリア人の夫婦は、私があまりにも分かっちゃいないので、
色々オーストラリアの常識を教えてくれます。何分オーストラリアの標準が分からないんです。
例えば、パーティーに参加するときの注意。あと、ガス代にしても、電気代にしても、オーストラリア人の家族と比べてどう?
高い?安い?食費は、これぐらいかかっているけどこっちの人はどうなの?と、こちらでの標準を教えてくれるんです。
なので、ほとんど隠し事なしで、色々我が家のことは知ってるんですよ。私にとって、保護者のような存在の彼ら。
こうした深い関わりを、外国人と持てるなんて思いませんでしたから、本当に感謝しています。

あと、日本の家族の存在。やはり近くはないので、時々会うことは難しくなりましたが、
「自分たちの人生を、自分たちらしく、楽しく頑張っていくこと」それしか親孝行なことは出来ません。
毎週の子供たちの写真の更新は、続けますね!!あとは、お互いに健康に過ごすことですよね。

日本の友達もありがとう。「遊びに来て!!」と、言うのは簡単だけど、来るのは大変だよね!
でも、本当に来てくれたら「大歓迎です♪」

色々なことがあった1年でしたが、やはり「来て良かった」と、思っています。そして、
まずは生活を「Enjoy!」をモットーに、渡豪2年目も、かっ飛ばしていこうと、思います。

HP開設から、もうすぐ1年。ちょっと更新をスローペースに変更しようと思いましたが、
毎日多くの方のアクセス数に、私たち自身が驚いています。
1年経ってもつたない文章は変わりありませんが、「アデレードで感じたこと、生活情報」を、
ありのまま報告していこうと思っています。

またHPを頑張ろうと思ったのは、私にも役立つ事があるかもしれないという思いです。
私は、ここアデレードで多くの人々に支えられて生活しています。
今度は、私が支える番?(頼りないですが・・・)これからアデレードに来られる方。
現在も、そのまた昔アデレードに縁のある方への情報発信していきたいと思っています。
これからも、つたない文章で恥ずかしいのですが、お付き合いください・・・。今後ともよろしくお願いします!!



2006年1月
SUMIN