日本人にとってのアデレード
第1弾 日本サッカー代表思い出の地
つい、最近の事の様にも思えるが、実はもう6年も前の話である。
オーストラリアのシドニーでオリンピックがあったのは・・・
そのシドニーオリンピックで行われたサッカーで、日本代表は世界を舞台に大きな一歩を踏み出したのだ。
実は、「その大きな一歩がアデレードでだった・・・」と言う話を今回はしたいと思う。
2000年に行われたシドニーオリンピックでサッカーの試合は、メイン会場のシドニー・オリンピックスタジアム以外に、
地方都市のキャンベラ、アデレード、ブリスベン、メルボルンで行われた。
最近、ワールドカップが盛り上がったのが記憶に新しいが、「ワールドカップサッカーとオリンピックのサッカーの違いって何?」
そのあたりをまず整理しておこう。
オリンピックサッカーと、ワールドカップサッカーとのもっとも大きな違いの1つは、「年齢制限」である。
開催年の1月1日段階で23歳未満の選手しか選手登録できないと言う年齢制限が存在するのだ。
ただし、23歳以上の年齢制限に適合しない選手であっても、各チーム3名までは登録可能という例外規定もあるのだ。
その様な特殊な条件のチーム編成は、別の見方をすると、、2年後のワールドカップ(2002年日韓共催ワールドカップ)や、
さらに次のワールドカップ(2006年 今年行われたドイツのワールドカップ)で中心メンバーになる選手達の集まりとも言えるのだ。
実際にシドニーオリンピックに出場した選手名を一部 pick up してみると、
楢崎 正剛
宮本 恒靖
中澤 佑二
中田 英寿
中村 俊輔
稲本 潤一
柳沢 敦
高原 直泰
たしかに、4年前の日韓ワールドカップや、今年ドイツワールドカップで戦った、そうそうたるメンバーだ。
ちなみに、監督は日韓ワールドカップで、日本をBEST 16まで勝ち残らせたトルシエ監督がオリンピックの監督を兼任していたのだ。
そのシドニーオリンピックで、日本はグループDに所属
以下の3カ国と予選を戦った。
グループD
1. ブラジル
2. 日本
3. 南アフリカ共和国
4. スロバキア
(ブラジルとはこの時から縁があったみたい・・・)
この4国の中から決勝リーグに進める2国が決まるのだが、日本は
9月14日 南アフリカ 1 - 2 日本 キャンベラ
9月17日 スロバキア 1 - 2 日本 キャンベラ
9月20日 ブラジル 1 - 0 日本 ブリスベン
の試合結果(2勝1敗)で、決勝トーナメントに進める事に。
これは、サッカー日本代表が32年振りに決勝トーナメントに進出すると言う歴史的な一歩だったのだ。
散々前振りが長くなって、おそらく半分以上の人はここまで読んでいないと思うので、あなたには非常に感謝。
では、ここからは、アデレードと関係のある話なのだ。
その日本サッカーにとって歴史的な決勝トーナメント! 日本の準々決勝が行われたのが、
2000年9月23日 日本時間18時
対戦相手 アメリカ
場所 アデレードのハインドマーシュ・スタジアム(Hindmarsh Stadium)
だったのだ。

ハインドマッシュ・スタジアム前に立つ
シドニーオリンピック開催を記念したモニュメント
このスタジアムは、今年7月に行われた女子サッカーのアジアカップが行われた場所と同じ。
(残念ながら、準決勝でオーストラリアに敗れ、3位決定戦で北朝鮮に破れ、2007年の女子ワールドカップサッカーへの切符はもぎ取れず・・・残念)
他にも近い記憶で行くと、去年後半、日本サッカー界の立役者 King KAZU がシドニーFCに一時的に移籍した時、2得点を決めたのもここなのだ。
多くのJリーグチームが日本の冬にキャンプで来る土地でもある。
さて話は戻して、その歴史的な準々決勝であるが、試合の流れは、前半30分の柳沢敦の得点で始まった。
そして、そのまま 1-0 と日本リードの良い形で前半を折り返す。
後半22分、アメリカに1点決められ同点に・・・
けど、その4分後の後半26分、今大会3得点目を高原直泰が決め、2-1で日本が再び優勢に・・・
けど、ここからが駄目だった。
試合終了直前後半44分に、アメリカに同点に追いつかれるのだ。あと、少しで終わりの時に・・・
結果、2-2で 30分のゴールデンゴール(Vゴール)方式の延長戦に。
延長戦はどちらも決めれず、0-0に
そして、PK戦に・・・
ここまで来ると、運を呼んだ方が勝ちだ。
結果 PKアメリカ 5 日本 4
残念ながら、ここアデレードで終わってしまったのだ。
次に進める試合だった・・・ 勝てる試合だった・・・
けどこの段階で、サッカー日本代表が32年振りに決勝トーナメントに進出、準決勝を戦ったという歴史を作ったのだ。
それがアデレードで・・・ きっと、それがきっかけでこの街を知った人もいるはず・・・
そんな人達を思いながら、この記事を書いてみました。
ちなみに、大会の4試合を通しての日本の得点者は、
高原直泰(3点)、中田英寿、稲本潤一、柳沢敦 の4人6得点だった。(まさに、ドイツで戦ったメンバーですね)
高原は大会で、得点ランキング5位タイ
もし、決勝まで進んでいたら、得点王も夢ではなかったかも・・・
2006年8月7日
KAPPA