オーストラリア自転車で大陸横断 〜ナラボー平原越え〜

6日目 1999年4月22日

「今日はCaigunaまで、距離も短いし、途中(昼飯時に休憩出来る)良い所にroadhouseもあるので、ガンガン走らずに、気楽に行こう。
いつもガンガンじゃ疲れるし。」そう思いながら8時半に出発した。
が、この気持ちの緩みが余計に、今日の走行を疲れさせるとは、この時思わなかった。

それでも、Cockleluddyまでは、何とか順調に走れた。そこで早めのlunch。
ナラボーもここまで来ると、残りの日数とfoodのバランスを考えて昼食は何にするか選択する。選んだのは、ミューズリー。
シリアルの様な物なので、牛乳と一緒でないと食べられない事を考えると、
腹いっぱい食っても、今後の数回の食事では、食べ尽くせないだろう、と判断してだ。

しかし運が悪い事に、Cockleluddyでは、牛乳が売っていなかった。
「コップ1杯で良ければ、レストランのを売るけど」と言われた。
それでは少なすぎる。600mlが欲しいのだ!
ない物は仕方がないので、チョコ牛乳を選んで、それで食べた。

朝から、風が強かった。午前中はそれでも、追い風なのかなーと思って走っていた。
けど、Cocklebiddyを出た辺りで、これは、追い風ではなく、横風なのだと分かった。
向かい風ではないので、スピードが大幅に落ちるという事はないが、スピードは減速を強いられ、バランスをとるのも大変である。
それでも、140kmとか、走らなくてはいけない日であれば、緊張感を持って力強くペダルを踏めるのだが、
「今日は力を抜いて流して運転」と決めていたので、ペダルが重く感じる。
しかも、1度緊張感を解いてしまうと、その後、同じ日に緊張感を持ち直すというのは難しい。
だから、途中のwater tankの屋根の下で40分ほど寝転がって、休憩しながら、
だらだらと(それでも、結果的にスピードが20.4km/h出ているのはすごい)走った。


西オーストラリア州側のナラボー平原は、とても走りやすい道路だ。昨日1日快適に走れて信用していた。
「これで、Road Train にヒットされる様な交通事故もないなー」と、思っていた。そんな俺に今日の午後不意打ちを食らわされた。
Cocklebillyを出て、20km程走った所で、いきなり道が細くなる標識が出てきて、南オーストラリア州のナラボー状態再びなのだ。
しかも、1〜2kmでカーブが来る蛇のような道だったので、余計に気を使った。



今日、このroad houseに着く直前、”泳げタイヤキ君”のパロディを作って楽しんだ。


「毎日毎日、僕はナラボーの 道路を走って嫌になっちゃうよ ♪

 初めて走った ナラボープレーン 日ざしは暑いぜ 景色は同じ ♪
 road train前後から、 俺をおどすぜ 体力奪うー  ウォー ♪
キャラバンオージー 手を振って 俺の走りを眺めていたよー ♪」

ってな感じ。完璧な歌詞ではないけど、まだ3日あるから、暇だったら、完成させよう。



Caigunaの手前1kmで、「45分時間を遅らせろ 西オーストラリア時間」という看板が出てきた。
Norsemanからと思っていたが、ここからW.A.の標準時間だったのだ。
けど、まだS.A.の時間のまま生活するつもり。
ここナラボー平原では、ロードハウスの営業時間を気にする時位しか時計が必要ない。今、何時かは生活に余り関係ないのだ。
起床する時、たとえば明日6:10(南オーストラリア州時間)に起きる予定だけど、西オーストラリア州時間だと、4:40という事になる。
同じ時でも、感覚的に抵抗を感じてしまう。
だから,Norsemanについて、1日ゆっくりしている時に、時間及び生活のリズムを西オーストラリア州にあわそうと思う。



夕方、日没直前にEuclaで出会ったチャリダーのフミがやって来た。

テントの中で野菜を切っていたら、自転車の音がこっちに向かってきた。
「えっ?あいつ来たんか!?」 俺も昨日160km走ったけど、彼は180km程、そして、今日も150km程走ってやって来たという。
「まさか追いついてくるとは・・・」思わずビックリ。
“俺は普通のチャリダーよりも速い!”という優越感は、まんまと吹き飛ばされてしまった。

夕食自体は別々に作ったけど、一緒に食べて、その後campfireの横にあるベンチで、10時過ぎまで話をした。
やっぱり、チャリダー。話が合うねんなー。(普通の日本人から見たら、一風変わった変人同士の集まりなのかな?)
これからも同じルート(エスペランス・アルバニー経由のパース行き)、同じペースなので、何度となく再会するだろう。
Norsemanへは、お互い3日間を予定しているので一緒だ。
一緒には走らないだろうけど、
(ペースをあわせるのが、チャリの場合大変というのをタスマニアで一緒に走ったドイツ人チャリダー・アンディーと走った時感じていた)
一緒にbushcampをするかも。旅がより面白くなるといいな。




ドイツ人チャリダー Andy
彼とは、タスマニアのロンセストンで出会い、ホバートまでの東海岸ルートを1週間ほど一緒に走った。
方針が違って言い争った事もあったが、一緒に食事を作ったり、良い思い出だ。






2005年8月28日
KAPPA 編集