オーストラリア自転車で大陸横断 〜ナラボー平原越え〜
5日目 1999年4月21日
Mundrabilla Roadhouseのキャラバンパークで1日が始まった。
南オーストラリア時間の6:10 ここ西オーストラリア州で言うと、5:25(と、とっても早い時間になるのだが)、に起床して、シャワーを浴びた。
Caravan parkに泊まると、追加料金がかからない限り、朝と夜、両方シャワーを浴びてるなー。
いつもの様に目を覚まして、シャワーで体を暖めながら、柔軟体操をして一丁上がり。
朝食の為にたき火に火をつける。昨日の焚き火はしょぼかったので、掘り起こしても火種は残ってなかった。
昨夜、キャラバンパークの周りを木を探して回ったけど、細い枝の様な木しかなかったのだ。
そこで、ガソリンを使って、(最近2,3回はこれを使っている) いっきに木に火をつけてご飯を炊いた。
その途中オーストラリア人の60歳位の背の低いチャリダーと話をした。
Long touringはタスマニアを走破したのについで2回目で、今回はパースから、アデレードを目指していると言っていた。
60歳になっても、「ナラボーを超えよう」という気になり、実行するところはすごいなー。
俺もいつの日か、オーストラリアの上半分を走って、一周したいなー。
それは3-5年後という近い将来ではなく、50歳とか60歳になって、もうこのツーリングが記憶のはるか彼方に、なった頃に。
そんな気にさせられた、チャリダーだった。
朝一から、まーまーの強さの風が完全に後ろから吹いたおかげで、
又、交通量が少なく、直線で見通しがよく、ゴムが流れたようなアスファルトで走りやすかったから、
本当に快調に前3段-後7段の一番重たいギアで楽に走れた。
116km先のMaduraには、2時には到着した。そこのbarで、忍者(忍術)の道場を持っているオージーに出会った。
何でも、伊賀と甲賀をmixした暗殺者という武術らしく、オーストラリアの各都市をはじめ、世界に道場を持っていると言っていた。
なんかよく分からんけど、オージーに日本の忍者について教えてもらって笑えた。
1度、かかってこいと言われて、普通に向かっていったら、返し技を掛けられ本気で痛かった。
MaduraはMadura passという峠の中腹にあるのだけど、その後先に進む為、峠を上った。
そこから見るナラボー平原(Roe plains? 正確には?)は、本当に平らな所に、木がチョコチョコ生えていてきれかった。
180度見渡すことが出来て、大自然を感じる。ナラボーで2番目に良かった見所だ。
Mundribirra-Madura間は、道が直線で長く、しかも完全に平坦なので、完全に見えなくなるまで、地平線に道が続いている。
又、右手には山並みがある。
ナラボーは、同じ景色がずっとーと続くのでは、と思いがちだが、実は日によって、ちょっとずつ見える風景が変わっているのだ。

Maduraを出てからも、風の助けを借りて、快調に飛ばしていた。
当初20km先のrest pointまでを本日の走行予定にしていたが、天候が味方になってくれているので、
「もっと走ろう、時間もあるし」と走り続ける事にした。
Cocklebiddyまで、残り50kmという標識が出るまで、全く疲れも感じず、順調だった。
が、ちょうど標識を過ぎた所で、2リットルのプラスチックの牛乳ボトルが後輪にからまり、その拍子でボトルに穴があき使えなくなるというトラブルが発生し、
ドッと疲れた。(貴重な水は空のもう一つのボトルに移し替え無事だった)
「今日は、もう十分走った。もう走るのは止めにして、早くテントを張りたい」
本当に一瞬にして、気持ちは変わるものである。
それから、3km程した所の対向車線側にparkingを見つけたので、そこからちょっと奥に入った所で、テント設営して、夜を迎える準備をした。
2005年8月21日
KAPPA 編集