オーストラリア自転車で大陸横断 〜ナラボー平原越え〜

2日目 1999年4月18日

朝6時に起きた。が、さすがに、だいぶん西に来ているので真っ暗だ。星もまだ多く輝いていた。
ロードハウスでシャワーを15分ほど浴びながら、柔軟体操をして体を温める。
そして、7時半に出発した。今まで、肌寒く気持ち良いという事はあったが、今日はとにかく寒く、レインコートを着て走った。
手は冬の日のように、冷たくなった。


Yalata Roadhouse まで52km
最近の俺ならスイスイ朝飯前といった感じで、2時間半で走れるのだけど、今日は違った。
体の動きが鈍いのだ。向かい風のせいではなく、昨日の156km走行の疲れが来ているのだ。
寝ている時から寒く、エアーマットもひかず硬い地面の上で寝ていたので、疲れが取れてなかったのだろう。
30km地点で、1度parkingに入って休息。けど、その後の走りも鈍いし、しんどい。
その体力的問題に直面し、今日、146km先のNullarborまでは無理と判断。途中のparkingでテント泊にしようと思った。


Yalata Roadhouse で休憩。
休憩していると、オージーによく声をかけられる。
「ブリスベンからここまで、自転車で走って来たんだ」と話をするが最近は余り驚かれない。
「どこまで行くのか?」と聞かれた時、「Perthまで行くよ」と言うと、その後、「Darwinまで上るのか?」と、聞かれる事も多い。
「一周するのか?」と聞かれる事もある。そこまでの予定は無く、perthで終わりなのだが・・・。
まあ、今までの距離がスゴイから、その先もスゴイのを想像するのだろう。
まあ、そういった意味では、パースまでだとスゴク無いが、それでも満足の出来るゴールになると思う。


Nullarbor Hotel/Motel の手前30km位までは、昨日同様、Up & Downが続いた。
坂を登りきるたびに、果てしなく先に続く長い道を見て、愕然とする。
余り感情的になると、走るのがつらくなるので、「はい次」「はい次」と目の前の一つ一つの丘をこなす様に走り続ける。
このUp & Downタイプの道路は、フラットな長い直線道路に比べて、よりRoadtrainに気を使わなければならない。
丘の頂上近くだったりすると、Roadtrainも丘の向こうから対向車が来る可能性があるので、自転車が走っているからといって、余り右側にはみ出せない。そういう状況では、俺が道を何度となく外れた。
そんな事に注意しながら走っているうちに、Nullarbor手前30kmになり、段々と丘が緩くなってきた。
次第に木も少なくなり、最終的に平原に入った。
地平線まで続く道路。全く木がない丘が360度見渡せる。
「ついに始まった。これぞ、これこそ、本当のナラボー平原だ!」と思って、走っていたら、「Eastern edge of Nullarbor Plain」 と、出てきた。




これから、これが飽きるほど、景色として、続くのだろう。
車だと飽きるといっても、1日、2日だが、自転車だと、その飽きる位に同じ景色が、4〜6日続くのだ。
そんなの人生最初で最後だろう。自分自身どういう風に感じるのか楽しみだ。
「今日、着かへんやろー」と思っていたNullarbor Hotel/Motel だが、1日走り終わってみると、着いていた。
明日は、2日分の疲れでますます、しんどいだろう。
だから、Euclaまでの186kmを2日で(2等分して)走る予定にしている。
けど、心のどこかで、さらに62km先のMundrabella(Total 260km)を2日後の目的地にしとーねんなー。


COLEMANのガソリンストーブが又もや、トラブル。空気の圧縮が出来なくなり、火が使えなくなったのだ。
これにはまいった。しかも、まだナラボー平原越えは始まったばかり・・・
いまさら止めるわけにはいかない。明日から、焚き火で料理を作るしかない。
しかし、これがナラボー越え中の不運のきっかけにならなければいいが・・・









深夜の出来事

夜9時過ぎに寝たが、珍しく12時に眼が覚めた。
ついでに小便しておこうと思って、テントを開けた時、1Lパックの牛乳がなくなっているのに気がついた。外を見るが何処にも無い。

「やられた!」

えつ?何にか?

Dingo(ディンゴ)である。
そう、この日、Yalataの手前でdingo fenceをこえて来たので、dingo生息地に入ったのだ。
寝る前から、dingoが近くをうろついているのは知っていたが、まさか持っていかれるとは。
寝袋にくるまっていると、3匹ほどのdingoの遠吠えが聞こえた。まるで狼のようだ。
又、電灯に照らされたテントに、dingoが歩く影も確認できた。まさにテントの真横を歩いているのだ。
けど、被害総額1ドルで良かった。



2005年7月31日
KAPPA 編集