オーストラリア自転車で大陸横断 〜ナラボー平原越え〜
1日目 1999年4月17日
ナラボー平原・東側の入口の町 Ceduna(セデューナ)にて
ナラボー平原入口の町では、これからの旅に備えてバックパッカーに泊まり、今までの疲れを取り、万全の体制で出発の日を迎えた。
気合が入っているのだろう。目覚ましがなる前に起床。シャワーを浴び、朝食を食べ終え7時50分、誰も起きてこないので、見送りのない1人での出発になった。
しかし、荷物の量が多い。食料はこれからの約10日間の食材がバッグに積み込まれ、水も、いつも運んでいる1.5リットルのペットボトル2つ以外に、2リットルのペコペコの牛乳用プラステッックボトルを3つ(合計9リットル)も、後ろにつけているのだから。
おまけに、朝食用にと買っていたけど、腹がいっぱいになったので食べられなかった、1.2kgもある、スイカまで運んでいる。
けど、今までにも何度か荷物満載で走った事があったので、15分も走るとその重さに慣れた。
Cedunaの町を離れて、ナラボーに入ったが、ペノング(Penong)に着くまでの風景は、セデューナ以前に走っていた風景と変わらなかった。
ただ、道路がセデューナ以前の道路と比べると狭いのだ。ロードトレイン同士がすれ違う時は、チャリダーの自分は、事故に巻き込まれないよう余裕を持つ為、路肩にはみ出さなくてはいけないほど。
しかし、路肩にアスファルト部分はなく、深い砂利になっているので、後ろから、ロードトレインが来ても、簡単には路肩に逃げられない。タイヤが砂利に取られ転倒しそうになるのだ。
後ろから、車が突っ込んで来そう・・・と思っても、簡単には逃げられないのがナラボーの道路の恐い所だ。
途中、ロードトレインとキャラバンカーを牽引している四輪駆動車との事故があった。運良く、怪我人はいなかったが、牽引していた車が道路の外でひっくり返っていた。
「これがもし、自転車やったら、死んでもーてるなー」と改めて怖さを感じた。
Penongの手前でバックパッカーで一緒だったイギリス人ライダーが追いついてきて、Penongの町で話をした。
彼は、ホンダUKや、ミシュランからサポートを受け、ホンダ製バイクのカブ(50ccの日本では新聞配達などでよく見るバイク)で世界を周っている途中なのだ。
「CUBはやっぱりスピードが遅いから、ロードトレインとかに抜かれる時は、自転車と同じでちょっと恐いやろなー。
旅をするのに、早すぎないから、何処かで自転車に近い感覚があるのかも」と話しながら思った。
Penongで昼飯食って、12時に出発。昨日、彼女に電話できなかったので、「今日は電話しなー」と思い、必死でナンドルー(Nundroo Roadhouse)を目指した。
ペノング〜ナンドルー間は木もそんなになく、視界は広けているが、UP/DOWNが続き、まっ平な平原が果てし無く続くと言う、ナラボー平原らしさはそこまで感じない。
夕方に、Nundroo Roadhouseに着いた。ナラボー平原初のロードハウスである。
が、特別ナラボーらしさがある訳ではなく、唯一のナラボーらしさは、牛乳1リットル2.2ドルと高い事。そんなの要らない。
夕食は、キャンプファイアーをおこし、そこで飯を作って、食った。
明日も今日並に走って、ナラボー(Nullarbor)ロードハウスまで、行こうと思う。
アデレードで出会ったパースからやって来たバイク乗りの公輝から聞いた情報だと、明日の後半には、ナラボー平原ならではの景色(360度地平線が見える)に出会えると言う。楽しみだ。
2005年7月17日
KAPPA 編集