SUMIN日記 2005年11月 第4週


11月21日(Mon) 移民について!

今日は、英語教室。
レッスンの最後に、自分の生い立ちについて英語で話すということになった。
私と、インドネシア人のアユは、時々文法の訂正はあったが、無難に終了した。
最近、私のレッスンにベトナム人のマリア(多分60歳は過ぎてる感じ!)が加わり、マリアの番・・・。
でも、なかなか話し出さなかった。

そして、マリアがゆっくり話し始めた。
「1979年に、オーストラリアに着いたの。私は、もともと銀行員だったのよ。ベトナム戦争中はひどいものだったわ。
徴兵制があってね、行きたくなくても戦場に行かねばならなかったの。
戦後もひどくてね、少しだけ英語ができたからボートに乗ってここに来たのよ」

ベトナム系の移民が、こちらでは結構多い。
彼らの多くは、「ベトナム戦争」が、理由でオーストラリアに移民してきた人が多いそうだ。
ベトナムでは、1960〜1975年ベトナム戦争が勃発し、
南ベトナムをアメリカが北ベトナムをロシア・中国がバックについて戦火が続き、総勢6万人の死者が出た戦争だった。
何より、アメリカが使用した「枯葉剤・ダイオキシン」が原因で、今現在も苦しんでいる人々が多いそうだ。

マリアは、ベトナムの戦火を潜り抜け、少しの荷物を持ち、オーストラリア行きのボートに乗りこみ、マレーシアを経由しアデレードに到着したそうだ。
このボートでの航海は、非常に危険で荒波もさることがら、海賊に見つかったら大変なことになる。
特に、女性は顔に泥を塗りたくり、男に成りすましてボートに乗り込んだそうだ。

私たち家族も「移民」になるためにここに来たけれど、時代も違うのはもちろんだが、移民という意味自体が違う。
私とカッパは、移民にならなくても生きていけた。でも、マリアは、移民しなければ生きていけなかった・・・。


その晩、両親が送ってくれたDVDの中に、「ハルとナツ」という、橋田寿賀子のドラマがあり、それはとてつもなく号泣する内容のものだった。(さすが橋田マジック!)
この話は、ブラジル移民の話で、故郷に錦を飾るためにブラジルに向かった日本人家族が、過酷な労働の中で、日本に帰国したいけれど、結局叶わなかったストーリー・・・。

私自身、あまり「ブラジル移民」についての、知識が無かったので、調べてみた。
1908年から「笹戸丸」という移民船にはじまる。昭和初期である戦前に19万人、戦後に5万人の日本人が、ブラジルに渡っているのである。
日本の国自体、貧しくて食べていけない人々があふれていた時代だ。
ブラジルでは、コーヒー農園の仕事にありつけ、お金が稼げるという謳い文句に、ブラジルに渡り、低賃金でこき使われて働き、
故郷に錦どころか、生きていくのが精一杯な生活を送り、ほとんどの日本人が日本に帰ることなく永住したそうである。

何となく「移民」という意味が、国を追われ低賃金で働くっていう雰囲気がある。
そこで、「移民」という意味も広辞苑で調べてみた。
「他郷に移り住むこと、労働をする目的の為に移住すること」何となく、苦労が漂う意味だ。

現在、多くの日本人が海外移住を夢見ている。それは、精神面でのゆとりのある生活を夢見ているからだろう。
日本にいると何となく時間に束縛されることが多いから・・・。
そして、海外に移住したとしても、(国によるが)それほど生活水準が落ちることも無いと思う。
文化の違いはあっても、それほどまでにギャップのある生活ではないし。

我が家のカッパも、忙しい日々ではあるけれど、精神的には充実しているように見える。やりたいことをしているから!
でも、カッパの手を見ると手荒れの為に、最近は指紋も無くなっている。
日本に居る時は、本当にきれいな手だったのに・・・。
カッパの荒れた手を見ると、少しだけ胸がチクリとする・・・「移民」になるんだものね、私たちも・・・。



11月22日(Tue) Family Day Care!

以前から、何かあったときには 「Family Day Careいいなー!」 と、思っていた。
一体何かというと、子供を一般家庭の保育の訓練を受けた人に預けるというサービスである。

「時々、一人になりたい」 「病院に行く時とか預かってほしいなー」 と、思うときが来るかもしれない。
うちの近くで、そのサービスについて小学校で説明してもらえるそうなので、次男と二人で出かけた。(話だけでも聞いてみたくて!)
そこは、小学校の隣接した施設があり、地元のプレイグループもしていた。
担当の人に、「family Day Careに興味があるんですけど・・・」と、言うと、
担当の人が、「そう!すばらしいわ!まずはここに座って、とても良いサービスなのよ」と、矢継ぎ早に色々と質問されるが、どうも変?

   私は、「この子(次男)を看てくれる人を、ここで紹介してくれるものだとばっかり・・・」と、言うと、

   「違うのよ!あなたの家で、よその子供たちの面倒をみる仕事をしてみない?」と、にっこり担当者!

   「こんなに英語に問題のある私が、よそさんの子供の面倒なんて無理!」と、必死の私。

   「大丈夫!英語の教室にも通えますよ。そして、毎週1回講習を受けて、子供を預かるHow toを学べるから!」と、またもにっこり担当者!

   「私は、学校なんて通える状況じゃないのよ!ビザも永住ビザではないですし、子供も小さくて、週1回の学校も無理ですよ!」と、
    冷や汗かきかき説得しましたよ・・・。

   そしたら、「では何かの機会にまた考えてね・・・」との事でした。
   今、自分の子供でも手が一杯なのに、無理だよ!!


このサービス、非常に人手が足らないらしい。こちらの国も、働くお母さんが多いし、保育所も待機児童が多いのが現実。
預けるほうも、保育について講義を受けた方が預かってくれるので、緊急時にも安心!
そして、何かあった場合は保険が適応されるそうである。
看てくれる年齢も、生後すぐの子〜16歳までの子供。

また反対に、お子さんが好きな方であったら、こういった方法で子供と接することができるし、収入にもなるから一石二鳥!
18歳以上で、自宅が安全で講習を受けたらなれるそうですよ!!
いくら稼げるか!一番大事なことを聞き忘れて、帰宅してから気がついた。
でも、人様の子供を預かるって、覚悟がいるな・・・。

ここで、Family Day Careの情報がもらえますよ→ 08−8226−8700


これ以外にも、この施設にはおもしろいコミュニティーがあった。
例えば、マタニティーブルーのサポート、育児相談、お茶会&クラフト、プレイグループも。
とても開放的な感じで、平日はいつも開放してあるので、悩んだ時にはいつでも相談に行ける感じだった。
このようなサポートは、日本にももっとあったらなーと、思う。
子持ちのお母さんが、気分転換できて、子供も遊べてという空間・・・子育てって、時々煮詰まるから・・・。
私の場合、煮詰まる暇さえないけれど、時間があったら、子供を連れて遊びに行きたいなーと、思える場所だった。



ジャカランダがとても綺麗に咲いています。
日本の桜のように鮮やかです!



11月23日(Wen) 子宮ガン検診の結果!

今日は、先週受けた検査結果の診察日!今日は、子連れで行った。
結果を聞くときは、少なからず毎回ドキドキする。
「陰性」でした。良かった・・・ホッ。
先生が、二人の子供達を見た後に、「もっと子供を考えてるの?」と、聞いてきた。
「とんでもないですよ!一杯一杯だから・・・十分です」と、私。
じゃあ、「ピルは処方する?」と、軽く先生が言ったけど、
私は 「えーーー!いらない!いらない!!」 と、お断りしましたが、こちらではピルなんて当たり前なんだろうなー、
そして日本での診察の場合、検査結果を伝えてくれるだけで、今後の家族計画なんて患者さんの方から相談されるまで、
ドクターから話してくるなんてないだろうなーと、思った。

今回の検診は、結果は陰性でほっとしたのと、プライベートな相談をドクターにしてもいいんだ!と、
こちらのドクターとのやり取りを体験できたのが勉強になった。

何か、日本の病院では忙しそうな先生にあまり質問できなかった記憶があるから・・・。
今後は、遠慮なくオープンに色々質問していこうと思った。





久しぶりにcityで外食しました。この餃子美味しかった♪
皮の外側がカリッとしていて、モチモチ感があって最高でした。