30代で移住すると言う事の真実 ~1年数ヶ月の時~
2006年9月 発表



2006年3月と、その数ヵ月後に自分の思う事を書いた文書がある。
あの時は、これを公開しようとは思わなかったけど、あれから約半年が経ち、感じ方もちょっと変わってきているのを感じた。
この当時の気持ちを、ちょっと昔の自分として感じられるようになったのと、
俺と同じ様に30代でバリバリ仕事をしている人で、それでも移住を考えているちょっと前の僕みたいな人に、
本音の部分を伝えたいなーと思ったからだ。だから、公開に踏み切ろうと思った。

内容? こんな事を公開するのは恥ずかしいけど、まー読んでみてください。





2006年3月より

オーストラリアに来てから1年2ヶ月
オーストラリアでの生活も落ち着き、夢に向かって進んでいる。

ここで、ぶっちゃけて、色々と書いてみたいと思う。
と言うのは、僕がオーストラリア移住を夢見ていた日本でのビジネスマンの時、
「渡豪して1年たったら自分の行動をどう思うのだろう?」 と思っていたからだ。
今、2年前の自分が今の僕に向かって質問したかった事に答えてあげたいと思うのだ。

2年前の自分が聞きたかった質問に、
「オーストラリアに移住して、良かった点と特に悪かった点を教えてください?」と言うのがあった。
良い事ばかりイメージして、悪い面を知らずに来て、後悔するのが怖かったからだ。
今の僕が答えるとしたら、最初に次の事を話してあげるだろう。

まず、最初に言いたいのが、「一度も後悔していないし、自分の人生の将来にワクワクしている」
 
(これから何処まで夢を実現できるのか。本当にAdelaide Dreams come trueになるか?)
これは来る前からイメージしていた事で、その通りなので、今回はあえて悪い点というか、大変な点にフォーカスしようと思う。



日本人と言うのは、仕事上で挨拶をする時、名刺を出して、「何々会社の誰々です」と言う。
日本にいる時の僕も例外なく同じだった。
当時の僕の気持ちとしては、「世界有数の外資系企業で、その社内でも有数の出来るビジネスマンのKAPPAです。」
なんて、名刺を出しながら自己満足していた。
そして、そこまでのぼってきたのは自分の力だと思っていた。
(そういうのは錯覚なのだが・・・。会社という看板がなくなった今、よくわかります。)

そんな部分がなくなったのは、自由と感じたと同時に少なからず喪失感もあった。
(典型的日本人やね!
 20代で一度自転車横断する為会社を辞めた時は、そんな事は感じなかった。
やっぱり、30代になると部下がいたり、家庭があったり、社会的な目から見ても20代とは違うのだろう)

30代で来る人は、少なからず同じ様な事を感じる事があるのではと思う。

そしてオーストラリアに来て、日本での経験を生かせない、ビジネスではない料理の世界に30代になって新しくチャレンジしたのだ。
はっきりいって30代で、一番下っ端のペーペーからスタートと言うのはきつい。
この料理の世界でも、印籠(名刺)が使えたらと思う時がある。
もちろん、そんなのは、何の意味もない事だ。
しかしながら、そういう時に、「苦しいほうの選択をしたな…」と感じる。

けど、ここからの心の持ち方で僕の今後が決まるのだと思っている。
実際もっと年配の人に多いのだが、海外に来ても昔の会社や功績、当時の肩書きを自慢している人達がいる。
そういう人達を見て、
「何をしにきたのかな? 海外に来て、日本の価値観を持ち続け、過去を見て生活するなら、移住なんかしてこなければいいのに」と思う。
それが、自分にとって反面教師なのだが・・・

今の僕の状況を、たとえて言うと、
日本で1つの山に登っていたけど、僕にとってその山よりもっと魅力的な山を見つけたので
、今その(日本という)山を降りて、次のより魅力的な山を登り始めているのだと思う。
山が違うので、前の山で上手くいった事が今回も上手くいくかは分からない。
今は本当に険しい山道を進んでいる感じだ。
けど、そう遠くない未来に、「前登った高さまでは行けるな!」と思うだろうし、そのうち、より高い所まで登れると思っている。
その頃には、今書いた事なんか読んだら、「2年目で学生していた頃は、まだ、そんなレベルやってんなー」と思うだろうな。

こういう心の不安は一概に悪いとは言えないと思っている。
(元々覚悟していたし、それより大きい志があるから・・・)
ただ、安定してゆとりの心がもてるのは、永住権が取れて、しっかり仕事をしだしてからになるだろうと思う。





 その数ヵ月後

渡豪して1年半がたつ。
友人のHさんが言っていたが、移住には段階があるそうだ。

最初の段階は、「盲目的にオーストラリアが好きで、移住したい」と。
けど、移住してしばらく時がたつと、嫌な所も(冷静に)見えてくる。
「それで、嫌いになる人もいれば、そこも含めオーストラリアが良いと思う人がいる」と・・・
そのあたりは恋愛に似ているなーと思う。

僕の今の段階は、おそらく「嫌なところと言うか、楽しいだけじゃないよ、移住は・・・」というのを感じてきている時期なのだと思う。


昨日、仕事先で皿洗いをしていて、
「俺はいったい、オーストラリアに来て何をしてるんだ?」と感じた。

日本では一生懸命仕事をして結果を出し、年収も1000万を超え、取引先や社内からも認められ、普通に満足のいく生活が出来ていた。
大きな不満も無かったが、 
「30代そこそこでこの生活に満足していては、人間的にこれ以上大きく成長できない・・・・。リスクを侵さないと何も獲られない」と思い、
夢の実現の為にアデレードにやって来た。

それなのに、今、目の前でやっている事は、皿洗い・・・
20代前半の奴と同じ仕事をして、同じ給料しか貰っていない。僕に何の付加価値もない。誰でも出来る仕事なのだ・・・
「30過ぎてこんな事をしているのは・・・・」
夢と現実の大きな違いを痛感したのだ。

心に中に、日本人あるいは、日本食と言う枠で動いている自分に「何をやっているんだ?」と思ってしまう時があるのだ。
海外で生活していくには、日本人という枠にとらわれていた方が楽だ。
けど、「何をしているんだ。わざわざ、アデレードまで来たのに。いつまでもそんな事でいいのか?」と感じているのも事実だ。

昨日、社員に仕事をやめさせてもらう事を話した。なんかこれ以上、ここで働くのがしんどかった。


     ---   一部  略    ---


と・・・
まあ、冷静に分析すると、色々と思い描いていた夢への道が険しく霧が立ち込めていて、先が見えないからちょっとモヤモヤするんだろう。

新しい職場はいつまで続くかな?
俺の中では、心のどこかで、日本食に関連する部分で働くのに疑問を感じている。
現地のレストランに働いて見たいと思っているのだ。
だから、その気持ちがある限り、長くは続かないだろうな・・・ 新しい職場も・・・
本当は、現地のレストランに行ったからといって、満足が続くとは思っていない。

結局、自分が目標を立てていた自分のビジネスをやり始めることが、唯一の解決手段なのだと思っている。
別に最初は店を構えなくても良いと思っている。Cateringでいいんだ。
そして、その為にはこの新しい職場の経験を始め、日本料理レストランでの経験はきっと役に立つはず。
その為に、アデレードで働いているのだから。

来年7月くらいに(10月かも)永住権を取って、日本に帰って温泉に入って一呼吸置いたら、ビジネスを始めななー


まだまだ、始まったばかりのオーストラリア移住
目の前は正直霧が立ち込めているけど、はるか向こうには、そびえたつ山がくっきり見える。高い険しい山だけど・・・・。
そして、それが僕の目指している山なのだから。

前に進め!





2006年9月

とまあ、こんな感じで悩む訳ですよ。移住してきても。
気持ちの多少の浮き沈みもあるし、ビザが取れるまでは、移民法の改正情報にもすごくナーバスになるし。
そんな中、7月中旬にシドニーに単身訪問して、大きく気分転換したというか、外の空気を吸って充電されたので、
今はこの2つの文が一昔前の事の様に感じていたりする。

自分の移住しようとした初心を忘れず、これからも大変だけど、「やっぱり、アデレードドリームは達成しなあかんな!」
ここでも宣言しているし、これからも有言実行!






2006年9月11日
 KAPPA