家族への決意表明


  〜略〜


  早速一つ目の本題に入りたいと思います。

  まずは、向こう3,4年の計画ですが、adelaideのTAFEに入り、commercial cookeryコースを専攻、
  シェフの卵として勉強し、2年間勉強の後に新卒独立永住ビザ取得をしようと考えています。
  2005年1月に渡豪し、2月学校スタートのタイミングで計画しています。

  なぜ、2005年1月渡豪なのか?

  ・ 当初の渡豪予定である9月から、あまり間隔をあけずに行きたい(長くあくと緊張の糸が切れる)
  ・ 次男も生後9ヶ月とある程度大きくなり、引越を伴う大移動も出来る状態になる点
  ・ 仕事も12月末で04年度をちょうど終え、きり良く退職でき、成績ボーナスも貰える点
  ・ 長男をなるべく早く現地に連れて行き、適応させてあげたい
      (小学校に入る前にある程度の助走期間があった方が良いという意味で)

   という部分を考えると、このタイミングがbestと思っています。


  もちろん、それ以外にも理由として、

  ・ 移民法改正で段々ハードルが高くなっていく最近の傾向を考えると、そのriskは早く行動する方が少ない
  ・ 35歳までに永住権申請というのが、一つの区切りになる(35歳を越えるとpointが5点下がる)
  ・ 当初の渡豪しての収入が少ないという中でやっていけるだけの、ある程度のお金は貯まったという点
  ・ 僕ら夫婦のオーストラリアの生活への適応能力を考えると、5年遅れると、
     かなりその能力が落ちる事にもなりかねない
  ・ 公団団地での狭い部屋での生活からのステップアップの時期に来ている点

   と言う部分もある。


  ただ、最終的に最後の決め手となるのは、俺もSUMINも描いている、自分達が理想とする家族像を、
  実現したいと言う夢があるからだと思う。

  ここで、もう一度根底にある「なぜ、家族でオーストラリアに移住すると言う夢を持ち、実行に移そうとするのか?」
  という部分を、特に将来、長男と次男が感じると思うので、今の自分の気持ちを書き残しておきたいと思う。



  オーストラリアでの生活と言うのは、日本で自分がこのままサラリーマンをしていると、
  成しえない生活が出来るという点
が理由の1つある。

  今の職業を替えると、ある程度実現可能なのかもしれないが、基本的に日本のサラリーマンは、
  仕事の拘束時間が長すぎると言う点がある。今の会社は直行直帰だから、その点はマシだと言えるのだが、
  その分、家に仕事を持ち帰り、家が仕事場の延長線上にあるという意味では、歓迎される状況ではない。

  仕事そのものと言うのは、今までも上手くやってきたし、top classとは言わないが、それなりの結果を出してきたと思う。
  ただ、仕事が1日、あるいは、1週間の中心になると、楽しんで仕事をすると言うよりも、仕事が「死後徒」になってしまう。
  仕事に追われ、楽しむ余裕がなくなり、義務になってしまうのである。自分の生活の中の3分の1位を占めるのが、バランスが取れていると思う。

  確かに、自分の言っている事は理想なのかもしれないが、世界を旅し、色々な国の人達と話をしたり、見たりする中で、
  日本と言うのは、仕事の占有率が非常に高い状況と言うのは、紛れもない事実だと確信するようになった。


  僕の知っているオーストラリアは、多くの人が5時くらいに仕事を終わらせていた。
  そして、そこからの時間が日没の遅さもあり、十分に楽しめるのだ。

  自分の生活でイメージすると、テニスや自転車にのったり、日曜大工等の趣味やスポーツをしたり、
  家族と一緒に買い物に行ったり、食事をしたり、あるいは夜間学校に通う事もできる。
  そういう生活の中では、家族の時間も、夫婦の時間も、趣味/運動も取れるのである。

  そうすると、気分転換になり、次の日の仕事も楽しんで出来ると僕は思う。
  おそらく多くの日本人が、「それは理想だよ」とか「考えが甘い」と強く批判するかもだけど、  
  オーストラリアに行くと、それが実現できると、信じているのだ。



  2つ目の理由は、やはり家族の絆が強くなる点である。
  ゆとりの時間が多くあると、お互いにシェアできる時間が多くなる。
  例えば、夕食一つにしても、将来はシェフなのだから、1週間の内、何日かは、俺が食事を作れるし、
  時間もあるので、本格的な料理も作れる。

  家族でテニスコートを借りて、全員でplayするのも楽しいし、日曜大工で家や庭に手を加えていくのも楽しいと思う。
  それに、オーストラリアに行くと日本人は外人である。
  外人として暮らす以上、お互い協力して、助け合わないと生活できない面もある。
  その中では、家族と言うのはもっとも重要な役割を果たすと思う。

  最近の日本の家族と言うのは、特に子供が中学生や高校生位になると、バラバラになっているイメージがある。
  それは、現代の日本が取り巻く環境では、ある意味必然なのかもだが、
  その様な流れも打破できるのでは、と思っている。



  そして、3つ目の理由は、長男と次男の教育を含めた成長と言う観点である。
  2人が大人になる頃、2020年代は、今よりももっと国際化していて、地球規模で考える事が多くなるだろうし、
  ビジネスにおいても、日本独特の体制(年功序列・永年社員)は、まずなくなり、
  日本のどの会社でも通用するskillの高い人間を必要とされているのが現状であれば、
  20年後は、世界で通用する、と言うのが必要とされる時代になるだろう。

  そうすると、自分のアピール力や自己表現する事、個性を出す事、意見を述べる力等が求められる。
  そうすると、オーストラリアで育ち学んだ事が、マイナスポイントにならなくなる。
  むしろ、世界を舞台にすると言う意味では、小さい頃から、オーストラリアで学ぶと、
  その視点と日本人としての視点の2つの視点から見れるので、より物事を立体的に見れるし、
  色々な国の移民が融合している国なので、2つ以上の色々な意見や考え方に触れる事が出来る。

  かつ、世界共通語の英語もmasterできるので、メリットは大きいと思う。
  日本語、特に漢字や敬語など、異国でmasterするのは大変だと思うが、両親が日本人なので、
  親も2人に真剣に教えないといけない部分だろう。


  このように大きく3つの理由が有り、
  それ以外にも、温暖な気候や、食料品を中心とした物価が安い点、銃所持禁止等の安全性、
  のんびりしたfriendlyな国民性、個人的には、一度自転車で走り、印象がよく、
  今後の生活もイメージできる点等から、オーストラリアに移住する事にしたのだ。


  〜略〜

  追加で残しておこうと思うのが、なぜシェフを目指そうとするのか?です。
  3年後の職業で、シェフとして働いているのか、まったく違う職種で働いているのか、自分でもわかりません

  まず、シェフの学校に行こうと思ったのは、当初、2年間学校に行って新卒独立永住ビザを取るにあたって、
  会計学等を専攻して行こうと思ったが、より高いレベルの英語力と、より頭脳的に理解しなくてはいけない部分が多く、
  30歳を過ぎた自分の頭では決して楽ではないなーと思った。

  その分、2年後、向こうで職の可能性が大きく広がるのであれば、
  それもO.K.だけど、そんな感じでもない(という印象を受ける)。

  シェフであれば、実技を習う訳だから、当然学科もあるが、技術的な事は、見て勉強する要素も大きいから、
  海外でも比較的勉強しやすいかなーと思った。
  それに、海外で仕事をするにあたって、会計学を学んでつく仕事というのは、サラリーマン的なイメージが大きい。
  けど、シェフであれば、今の日本でのビジネスマンとしての経験とは又違う、
  新しい一歩を踏み出す感じで、心がワクワクする所がある。

  もしかしたら、2年間学校に行って永住権を取れたら、シェフの道から外れるかもしれない。
  それでも、習得した事は、家庭で料理を作る時に活用できる部分はいい点だ。

  けど、基本的にはせっかくやるのだから、手に職をつけられるので、
  その後の仕事場探しも、仮にadelaideなどに残っても、見つけやすいだろうと思う。

  本格的にはまだまだ考えてはいないが、日本人というメリットを生かして、うどん屋や、お好み焼き屋なり、
  たこ焼き屋なりを自分の店として出来たら、最高だと思う。

  卒業後2年間位は、雇われたシェフとして頑張り、その間にオーストラリアでの食べ物屋の文化を知り、
  なにであれば上手くやっていけるかを考え、2年後には自分の店を持ちたいと思っている。

  その時に、どこに住んでいるか?もしかしたら、そのまま気に入ってadelaideかもだし、
  当初考えていたsydneyに移っているかもだし、パースやブリスベンという可能性もあるのかも知れない。

  その辺りは、色々な可能性があるので、今の段階では、視点を狭めてしまう事にもなるので、
  絶対これになるとは言えないが、この方向性というのはあるし、4人揃って楽しんで生活をしているだろうな、と思う。


  SUMINとは、一緒に一生、これからも歩んで行くけど、前向きに楽しく進んでいきましょう。
  人生巻き戻しも出来ない1回限りやねんから、多少は山あり谷ありかもだけど、
  悔いを残さず、楽しんで一緒に歩もう!

  そして、年取った時に、どんな映画よりも小説よりも、「楽しく面白い感動の人生だった」と言えるようにしたいね!



  最後に長男と次男へ

  まだ、次男は産まれて3ヶ月たってないのでどんな性格か、わかりません。
  次男なので、よりやんちゃになるのかもしれないね。
  長男は、明るくよく笑う所はSUMINにそっくりやね。
  怒られた時に、いじけちゃうのは、俺の小さい時そっくりやね。

  2人には、オーストラリアに渡って生活する事が、プラスだけでなく大変な部分もあると思います。
  特に16歳か18歳くらいになるまでは、悩む事もあると思います。
  ただ、20歳以後の人生では、きっとこの環境と、この家庭に産まれた事が良かったと胸をはれると思います。


  まずは、4人健康に楽しく生活しましょう



  2004年7月18日
  フィリピン・セブ にて
  3?歳?ヶ月の父/KAPPA


  SUMIN  ?歳?ヶ月
  長男    3歳4ヶ月
  次男    2ヵ月半

2005年2月 KAPPA