いよいよ日本出国の日の事!


SUMIN&KAPPAの合作なので、どっちの気持ちか混乱するかも・・・すいません。 SUMIN&KAPPA


2005年1月13日(木)夜6時、日本の両家両親とKAPPAの弟&彼女の見送りの中、私達家族は関西国際空港に立っていた。
莫大な量と重さの預け予定の荷物と、機内持ち込み予定の荷物をカート数台に乗せて・・・

日本での最後の数日は、大阪の家を引き払い、KAPPAの神戸の実家に泊まっていた。
空港までは、KAPPAの弟TETSUの1ボックスカーで、荷物と共に運んで来てもらった。
つい2時間前、神戸の家を出る最後の数分前まで、荷物の整理を続けていた。

大阪の自分達が住んでいた家を引っ越した後、神戸に移ってきた日本での最後の数日も、
日本に置いておく荷物と持っていく荷物の分配やオーストラリアに持っていく物の買出し、銀行の手続きや、携帯電話の解約等、
本当に忙しい時間を過ごした後だったので、車での移動はしばしの休憩だった。
空港に着いても、荷物がとても多くて身動きがとれず、またチェックインも荷物の多さの為か、なかなか終了しなかった。
荷物の総量は、預け荷物が制限枠をちょっと超える72キロ(特に追加料金は取られず)。
機内持ち込み荷物がパソコン2台を含む30キロ(チェックは無かったので助かったが制限を大幅にオーバー) 
それ以外に、かさばるダウンジャケットなどは、すべて着込んでいた。


旅行者の中に入ると、「何人分やねん」と言う様な異様な荷物の量。
そして、一番大変な騒ぎ出す荷物、生後7ヵ月半の赤ちゃんと、いつでも荷物に変身出来る3歳の子供である。
ただ、荷物の移動は、見送り家族達が分担して運んでくれ、又、早めにチェックインを済ませたので、
後から振り返ったら、まだ関空では楽だった。 そう、その後、もっと大変なことが待っていたのだ。


 フライト出発時間は、午後9時25分、カンタス航空0374便(JALとの共同運航・実質JAL) オーストラリア・ブリスベン行きで、
ブリスベン空港でアデレードへの国内線乗り換えである。
実は、チェックインの段階で初めて知ったのだが、ブリスベンの空港で入国審査があり、その段階で一度預け荷物を全て受け取り、
再度国内線カウンターでチェックイン&荷物の預けるステップがあるというのだ。
「もう一度、こんないっぱいの荷物を受け取るのか・・・。次のステップで重量制限越えていますので超過料金頂きますといわれたら、どうしよう・・・」
そんな不安をちょっとだけ胸にしていたが、まさかその後に起こる大変さを、この時は想像もしていなかった。
国際線の機内には、子連れと言う事で、一番先に乗り込めた。
「何だ、この人達の手荷物の量は・・・」という不思議な目で乗客に見られながら・・・

この便は、旅行シーズンの為、運悪く(けど、予想通り)満席であり、
(オーストラリアのベスト(夏)シーズン。関空出発唯一の直行便、ゴールドコースト・シドニーの人気を考えたら当然だが・・・・)
子持ちの私達としたら、「子供が密室で泣かれたらどうしよう・・・ 頼むから寝ておくれ!そして、起きたらアカンよ!」って、心境でいた。
当時の次男は、夜中2〜3時間おきに、雷が落ちたかの様に、いきなり泣きながら起きるので、気が気ではなかった。
俺達は、「自分の子供だから、しゃーないなー」と、大きな気持ちで面倒を見るが、周りの人達は、夜行で寝ている間に到着予定なのに、
子供の泣き声が騒がしくて眠れなかったら、非常に冷たい視線が来るのは目に見えていた。

救いは、フライトの数日前に風邪気味で受診した小児科でもらった風邪薬が、睡眠作用もあり、これを飲むとよく寝てくれると言うことだった。
飛行機に乗ると、すでに風邪はほぼ治っていたが、なによりも早く、次男に風邪薬を飲ませた。
「さー、早く薬よ効いておくれ。」きっと、毒を飲ませる時の様な悪だくみの顔をしながら、
表面では、「さーお飲み」と、引きつった笑顔で、薬を飲ませていた事だろう。


次男は、風邪薬(いや睡眠薬だな)のおかげで、モーニングのサービスが始まるまでぐっすり寝てくれた。
長男も、KAPPAも、SUMINも予想以上にぐっすり眠れた。 
(KAPPAよりSUMINの方がよく寝ていましたよ!ヨダレたらしてたよ。最初、息子かと思ったら、SUMINでした)



         

 左) 子供用の簡易ベット  次男は、爆睡でした!よかった〜!! このベットは、前もって予約が必要です。 
 
右)    飛行機の窓からの眺めです。翼の上に日の出が見えそう!! 
                                                                                          







                    

翼の下にオーストラリアの大地が見えてきました。                           長男は、窓からの景色に釘付けです!!




 ブリスベンには、現地時間の6時55分に到着。ここからが本当に大変な思いをした。
国際線から、アデレード行きの国内線に乗り換えなくてはならないが、まずは、入国カウンターへ向かった。
入国カウンターは非常に混んでいて、やたらと長い列が出来ていて、20分近く列で待たされた。
一箇所で立って待つなんて、3歳の子供には5分が限界なので、大変である。
背中に背負った次男も、ぐずりだした・・・・。(この段階で、私達夫婦はクタクタでした(涙))

カウンターでは久々の英語に触れ、遂に来たかと言う気分になった。
カウンターを過ぎると、機内預け荷物をすべて受け取り、カートに乗せて検疫・税関へ
その後、国際線ターミナル内にある国内線乗換え者用カウンターで、再度機内預け荷物を預けた。

さあ、国内線搭乗口へ移動だ。9時15分出発カンタス航空(QF)661便アデレード行き飛行機である。
ブリスベン空港の国内線は、国際線ターミナルとは大きく離れているので、電車に乗って国内線乗り場まで行かなくてはならない。
両手に荷物と、SUMINの背中には次男を背負っており、少しの移動も大変なのに!ブリスベンは、真夏!まだ、朝とは思えない暑さだ。 
私たちは、真冬の状態から到着したので、いきなりのムゥーとする高温と、両手に手荷物と子供を抱えた状態で、額から汗が流れ落ちた。



     
ブリスベン空港の国内線まで行く駅のプラットホーム!
子供達は、元気でしたが我々親は、ベンチから立つ元気がありませんでした!






国内線ターミナルにはフラフラになりながらも行くことが出来たが、手荷物検査でてこずった。
KAPPAの手荷物のデスクトップ用パソコンとノートパソコンが入った小型スーツケースは、一度開けてパソコン1台ごとにX線を通して、
またスーツケースにしまうので結構時間がかった。
そして、SUMINの方はと言うと、小さいはさみタイプの子供用爪切りを指摘されていた。
色々説明したが、わかってもらえず、出発時間も迫っていたので、あきらめて没収してもらった。

手荷物検査を終え、時計を見たらフライト出発5分前!
 「これは、まじでやばい!全員乗り遅れて、移住の第一歩から失敗では先が思いやられる」
と思い、KAPPAは、20kg弱ある小型スーツケースと重たいbackpackを背に、搭乗ゲートまで突っ走った。
すでに、搭乗終了の掲示がされていたが、「ちょっと待ってくれ。俺達はこの飛行機に搭乗予定なのだ!」そう叫びながらゲートに到着
運良く飛行機への渡り廊下はまだ確保されており、間一髪のところで間に合った。

その後、SUMINと子供2人の一行も、ゲートまで両手に荷物を持ち走っってきた!長男も、泣きながら走った。(いや、走らせた・・・)
子供を背負って、初めて全力で走った。(次男よ、ごめん!)本当にきつかった!!


アデレード行き国内線飛行機に乗り込んでびっくり!
どうやら、私達待ちでなかなかフライト出来なかったようだ。
真ん中に一本しか通路がなく、荷物をやたらいっぱい持っている異様な子連れのアジア人が登場(搭乗)と言う事で、やたらと注目を浴びてしまった。
荷物を片っ端から空いているスペースに入れ、3人分の席に座ると、こちらの飛行機も満席! 1分もせず、飛行機は動き出した。
ブリスベン空港での移動に残っていた体力をすべて使い果たしてしまい、フライトして20分後には家族全員爆睡だった。


ここで、教訓!
これからは、オーストラリア国内線乗り換えは絶対に避けようという事!国際線乗り換え(TRANSIT)の方が、本当に楽だったに違いないと思う。
まして、私たちのような莫大な荷物と、子持ちの場合は特に!!
これから、家族でアデレードへ移住を考えている方は、香港やシンガポール経由等、国際線乗り継ぎがお勧めです!!


アデレード空港についてからが、又大変だった。
日本なら、どの空港にでもあるような飛行機から空港ビルにつながった廊下などなく、
写真の様に、タラップで下におりて、歩いて空港ビルまで向かうのだ。
そういった事もあり、アデレードの最初の印象は「かなり田舎の都市だな」ってものだった。

その後、カートに荷物を載せるのだが、カートは1回使用に2$コインがいる。まだ、小銭を持っていないのでまずは両替に走り回る。
次に、タクシーに乗るのだが、ステーションワゴンタイプのタクシーに乗ろうとするが、あまりの荷物に乗車拒否され、
ワンボックスタイプのタクシーが来るまで、待つ羽目に。
やっとの思いで、ワンボックスタクシーを見つけ、荷物を詰め込み、最初の10泊分の予約をしていたホテルに向かったのだ。

こんな大変な思いをしたので、当分子供を連れての日本帰国は先かな・・・なんて思っています。



     

)国内線から降りたところ。常夏のブリスベンから、風が強くて涼しすぎるアデレードへ到着!!
クタクタで疲労感漂う姿、、、恥ずかしい。
)アデレード空港に到着。    ここから、タクシー乗り場まで行くのにも苦労しました。
私が、力持ちな女でよかった〜!  かなりの肉体労働でした!!






最初の10泊 その後3泊延泊した我が家族最初の宿
Adelaide central YHA hotel
長男は、外国と言うことがまだ分かっていない・理解できていないと言う顔をしています。






2005年1月13日 QF374 (BOEING747-300)  Kansai/JAPAN 21:25 → 6:55 Brisbane/Australia  8時間30分 
2005年1月14日 QF661 (BOEING737-800) Brisbane/Australia 9:15 → 12:30 Adelaide/Australia 2時間45分 




2005年4月
文章  SUMIN & KAPPA 合作