永住権ゲット!
2007年5月
永住権取得
無事に永住権が下りた。
1つの区切りであり、渡豪前の当初の目標でもあったので、嬉しい。
ただ、すでに去年の12月に申請した段階で、下りるのを待つだけという時間の問題だったので、
嬉しいというより、「安心した」と言う方が今の状況にはぴったりかな。
きっと、これがきっかけで、オーストラリアに行く事が出来ると言う日本からの申請だったら、喜びいっぱいなのだろう。
ただ、僕達家族は、オーストラリア国内申請であるので、永住権が下りる前から、
すでにこっちで日常生活を送っているので、「安心」を感じるのだろう。
Suminも同じ事を書いていたが、日本を旅立つ時に、
「何があっても、永住権が取れるまでは、日本に帰らない」と、心の中で誓っていた。
それだけ、強い覚悟で家族とやって来た。
「目標を敗れては帰れない。」
日本にいた頃、「何をするねん。家族、子供もおるねんぞ!」って言ってくる奴等もいた。
その人達の常識から、いや一般の常識から、大きくかけ離れた行動に見えたのだろう。
一般的には、そうかもしれない。
けど、自分の進む道は正しいと信じていたし、
5年後、10年後に、「俺が進んだ道は、間違いじゃなかったやろ! 人生切り開くもんなんや!」と、言えるはず。
3年前の日本にいた僕は、そんな他人の考えに対してとんがっていたような気がする。
その気力というのは、今振り返っても、相当なものだと思う。
実際、自分が決断し、進んできた道に対して、「間違いやったかな・・・」と思うような事は、この3年の間一度もなかった。
もちろん、普通に日本で生活するより苦労する事は多いが、それを差し引いても、楽しい人生を送っている。
今後、どうなるか楽しみで仕方が無い。
夢をどんどん達成していき、自分の可能性にワクワクしながら生きていけるなんて!
永住権後の目標(夢)
こっちに来る数ヶ月前には、すでに永住権後の目標(夢)をたてていた。
「アデレードに自分の店を開く」と言う大まかな部分では、変わっていない。
ただ、どんな店か・・・と言う部分は、少しずつ変わってきている。
ここ3ヶ月でも、自分で興したcatering businessや、勤務先のホテル内のレストランやカフェで働くなかで気づき考えさせられ、
4、5月とメルボルン・シドニーに行き刺激を受け、お客として外で食べる時に色々と感じ、
ある程度、店に対しての価値観・心構え・思想など、僕なりの物がまとまってきつつある。
まー、これに関しては、語ると長いので、今回は、この辺で終わりにしてっと・・・。
永住権の話に戻そう。
感謝
このオーストラリアに移住して最初の2年間は、永住者でもなく、ただ勉強だけを目的とした留学生でもなく、
本当に中途半端な状態だった。
僕達家族にとって、今回永住権がでて、一番嬉しいのは、
・家族手当が出る事
・オーストラリア社会に認められる事 (子供の学校や、就職活動、対銀行の信用、結果、家を購入できたりなど・・・)
・そして、「何をしてるんですか?」の質問に 「学生」との返答から、「フルタイムで働いています。永住者です」と言えるようになった事だ。
この永住権が取れたのは、本当に多くの人の力とサポートのおかげだと思う。
一番力になってくれたのはSUMIN。
まずは、決断をサポートしてくれたのが、ありがたい。
安定した収入のある生活から、子供も引き連れて海外で学生に・・・
しかも先行き不透明・永住権も取れるかどうかわからないという状況にもかかわらず、
「やりたいなら、やってみよう!」と、GOサインを出してくれる人は、そう多くないだろう。
このチャンスをくれた事に感謝したい。
又、海外に移住しても、家族、特に妻が楽しんで無い生活だと、ずっと生活していく事は考えられない。
その点、SUMINは、オーストラリアに来てから、「ここまでアクティブだったのか?」と、僕がびっくりするほど、パワフルに動き回っている。
アデレードに来て、数ヶ月で車を廃車にする事故を起こしているにもかかわらず、
それに懲りず(違った、びびらず・・・やな)、今は買いなおした車を乗り回して、何処にでも行くのだから。
又、学生期間中は、学校と宿題に追われ、又、今は仕事で家にいない事が多い中、
子供の日本語教育や家全般の事をサポートしてくれているのも、感謝している。
本当に、頭が上がらない。
子供達は、SUMINと僕が楽しんでいたら、楽しめるはず。という気持ちではいるが、
そうはいっても、子供にも性格があるので、やはりこっちでの友達関係・英語を含め、馴染んでいけるか心配な事の1つだ。
特に学校に行っている長男は、心配だ(った)。 けど、そんなの心配御無用って感じで、毎日学校を楽しんでいる。これ又、心強い。
環境的に、日本語も英語も学ばなくては行けない環境で、毎日家から帰ると、SUMINと一緒に勉強している話を聞くと、
その調子で頑張ってくれ!と思う。
そして、次男も一般に病院にかかることの多い3歳に成長するまでの時期を、ほとんど病気もせずに健康で成長してくれたのも良かった。
もちろん次男に限らず、家族全員健康に過ごせた事は、最高のサポートだった。
又、両家の両親共に、健康でいてくれて、応援してくれたのも、最高のサポートだった。
正直、子供が小さくかわいいこの時期に、2年半、日本に帰らなかったのは、親不孝だと思う。
それでも、僕達の状況に理解してくれたのだから。
これからは、無理してでも、毎年家族で(少なくとも、SUMINと子供達は)帰国できる様にと思っている。
こっちに来て、出会った人達にも感謝したい。
毎日学校生活をしていく中で、オージーとの関わり、色々な国からの留学生クラスメートとお互いサポートしながら、
学校を修了できたのは心強かったし、楽しい学生生活だった。その毎日があったからこそ、2年間修了できたと思う。
又、こっちで出会う日本人。やはり、異国の地で同じ日本人と言うのは、強い仲間だと思う。
一緒に、ホームパーティーをしたり、情報交換をしたり、時には、助けてもらったり助けたり。そんな人達との出会いにも感謝したい。
他にも、生活していく中で、色々なきっかけで知り合った人がいる。
そんな多くの人達との出会いが、ここで生活していく気力になったのは、間違いない。
ビザ・エージェントにも、感謝したい。
やはり、家族で申請するので、万が一でも失敗すると、取り返しのつかないことになるので、
保険の意味も含め、永住権などのビザの専門家であるエージェントにお願いした。
本当に、レスポンスが早く、僕が望んでいた早め早めのステップに快く応じてくれて、
自分でもびっくりするほど、早い段階で永住権を取る事が出来た。
きっちりした仕事をしてくれているなーと言う実感があったので、精神的にも、非常に楽だった。
本当にありがたかった。
そして、このアデレードドリームと、ここに書き込んでくれた人に感謝したい。
このアデレードドリームと言うwebは、夢を追いかける姿、現在進行形の状態を、
日本に居る両親や友達に伝えたい・・・というのが、始まりで、今もそのコンセプトは変わらない。
けど、多くの人がネット検索などがきっかけで、見てくれて、色々とメッセージを残してくれる。
やはり、応援メッセージがあると嬉しいし、色々と移住や留学・生活の事などを相談・質問を頂くと、
僕達自身始まったばかりのひよこのような家族ではあるが、後ろから同じような道を歩もうとしている人達もいるんだ。
まずは、僕達が頑張らなー!と感じさせてくれた。
素晴らしい応援団に感謝したい。
他にも、色々な人達のお陰で、永住権をとることが出来た。
本当に、みなさんありがとうございました。
家族4人の永住権(永住ビザ)
さー、ついにオーストラリア生活が始まる。
今、序章が終わったに過ぎない。
これから、壮大なるオーストラリア夢物語「アデレードドリーム」の第1章が始まる。
物語と言うのは、浮き沈みがあるだろう。だからこそ、物語は面白いのであって、第1章から最終章まで、順風満帆では面白くない。
けど、最終的には、成功を掴むし、1章、1章、成長していくだろう!
改めて宣言しておきたい。
早ければ来年、自分の店を持ちたいと思っている。
アデレードに今までない店を出したい。それに照準を合わせている。
近い将来、あのアデレードドリームの店が出来たね!といえる日が来るように。
では!これからのアデレードドリーム 不定期更新ですがお楽しみに!
2007年5月19日
KAPPA