2人で2ヶ月36万円の旅 〜ユーラシア大陸横断バックパッカーの旅〜


第3話 モンゴル     (ウランバートル ナーダム祭)

ウランバートルへ到着する

フフホトを出て2日後、ウランバートルに着いた。
ウランバートルの駅は人がごった返しており、電車が止まりドアが開いた瞬間にたくさんのモンゴル人が乗り込んできた。
みんな、乗客の乗っていたコンパートメントの中をのぞき、少しでも食べ残したものがあったらすごい勢いで引ったくり持ち去っていく。
乗り込んできた人全員が同じように目を皿にして物色してるのだ。
中には子供の姿もあった。この時、モンゴルはとても失業率が高く、貧しい思いをして生活している人が多いと聞いていた。
ぼやぼやしてたら、身に着けているものをひったくられそうな感じだった。

そんな人々をかき分けて電車から降りると、
「こんにちは!日本の方ですね!私は、ホテルを経営しています。料金もそんなに高くないのでどうですか?ホテルまで送りますよ!」と、
日本人の客引、ツネさん(多分35歳ぐらい)に出会った。
私たちは、初めての国に入ったばかりで、情報もないのでツネさんについて行くことにした。
この人と出会ったことで、本当に思い出に残る旅行ができたのだ。


〜ツネさんは、若かりし頃はバッパーで、世界中を旅して歩いていたそうだ。そして、このウランバートルへは旅の途中に立ち寄ったそうだ。
その間に、とあるレストランに立ち寄りそこの従業員であった、モンゴルの女性に運命的な出会いをしたそうだ。
「1年後にまた、ウランバートルに戻ってくることがあったら結婚しよう」と、約束しまた旅に出て、
その次の年にウランバートルに舞い戻りその女性と結婚したそうなのだ。〜ステキ★


ウランバートル市内の風景です。街の中に沢山の
羊がいて、道路も我が物顔で横切ります。
現在のウランバートルはもっと変わっていると思います!


ホテルは、アパートの一角を借りてホテルにしているような感じだった。
その日の夕方、その次の日からの予定を全く決めていない時に、KAPPAとホテルの部屋で大喧嘩をすることになるのである。
喧嘩というよりも、私の爆発かな?!
最後には、ウランバートルから帰国する!までの勢いの言い合いになった。
喧嘩の原因は、とにかく二人でずーっと一緒で自分ひとりの空間がない。(自分勝手な性格なので余計独りになりたい!)
やっと、二人で一緒に過ごせるのに、KAPPAはそっけない。
きっとしばらくの間、オーストラリアで一人で野宿暮らしをしていた事で、人との関わりが面倒なような感じに見えていた。
二人で旅行しているなら、その時感じたことなどを話したり、二人で旅のプランニングを楽しく話したいな!
なんて思っていたが、会話も弾まない・・・。
日本では自分で何でも出来ていたと思っていた自分が、海外に出たら何も出来ない無力感。
暑い中、重い荷物を運びクタクタに疲労していた。色々なことがたまりに溜まって爆発したんだと思う。
次の朝にも、一緒に旅を続けられないと決断した場合は、一緒に帰国してそのまま別れようという話にまでなった。

この晩は、いろいろ考えた。この旅も辛いけど、KAPPAと別れるるのも辛かった。
散々考えたが結局、私は旅を続けるほうを選んだのだった。
本当のことを言おう!モンゴルからどうやって帰っていいのかわからなかったからと、いうのが旅を続ける本当の理由だった。
でも、この日を境に私は変わった。
旅が楽しくなり、旅に対して積極的になったような気がする。
次の日から、ロシア入国に向けて行動を開始した。
ロシア大使館でビザの申請、そしてシベリア鉄道で、モスクワへ。モスクワから空路でトルコ(アンカラ)を目指すことになった。


丁度、私たちがモンゴルを訪れた時、モンゴルでは「ナーダム」というお祭りの時期であった。
ツネさんの奥さんの実家の人々と一緒にナーダムを見に行くことになった。
この時日本人の女性ツーリストのsumikoの登場で、ここからは3人での行動になった。

まず、モンゴル相撲を見た。すごい迫力。
そして、子供たちによる馬のレース。このレースは、草原の中を子供たちが馬に乗って競うのだが、
草原の中を馬に乗った子供たちが走り回る姿は、とても美しかった。


    
)モンゴル相撲です。すごい迫力!!
朝青龍もモンゴルではこんなことしてたハズ!!

)馬のレースです。草原と青空と、馬ってとてもきれい♪
馬が一斉に走る姿はかっこいいです。目はきれいだし、馬っていいナー♪



     
)私達3人でモンゴルの子供達と遊びました。素朴な感じの子供達でとてもかわいいんですよ♪
この前に、近くのゲルに寄り、沢山の馬乳酒を飲まされて酔っ払っている私達!!

)女の人の馬のレースです。小さな子供も上手に馬に乗ります!
かっこいいですよね〜!!



この晩、草原の中のゲル(ツネさんの奥さんの実家の人々がナーダムのお祭りを見るために一時的にゲルを建てていた)に泊まった。
sumikoと3人で食事を食べたり、一緒に寝たり、いろいろ話したり楽しかった。
真夜中に、KAPPAが私の肩を叩き、ゲルの外に出るようにと言ってきた。出てみたら、一面の星空・・・声が出なくなるほどの感動。
この時、生まれて初めて天の川を見た。星が手に取れるぐらい近くに感じた。

    
草原にゲルだけ!とてもきれいです!何もない所なので、夜になっても
星空がとてもきれいでした!!





  

太陽が沈んでいく美しい光景に言葉がでませんでした。
kappaと一緒に感動していました♪





次の日は、ラクダや馬に乗ったり、花を摘んだり、ツネさんの甥っ子の子供たちと一緒に砂山で遊んだりして過ごした。

     
)ラクダに乗りました!実は、とても怖かったし、ラクダってメッチャ臭いんですよ(笑)!
でも、とてもいい思い出です☆

)首飾りを作ってゲルに飾りました。のんびり遊んでました!!





その晩夕食の後、みんなでキャンプファイヤを囲んだ。
そこに、ツネさんがギターを抱え、長渕の「乾杯」やモンゴルの歌を歌ってくれた。
この「乾杯」はちょっと涙がウルウルするほど感動した。
彼は、日本人だけれど、モンゴルで生活してる。そして、ツネさんの一家は、ツネさんが家族の一員になったことで、
彼らは日本の文化を、ツネさんはモンゴルの文化を、お互いに認め合っているように感じた。
ツネさんの生き様みたいなもの見たような気がして、とてもステキな時間だった。

次の日、私は目覚めとともに吐き気がして、ゲルから急いで飛び出し吐いた。その後も吐き気がおさまらない。
日中、帽子もかぶらずにフラフラ外で遊んでいたために、日射病になってしまったようだ。
立っていられない。微熱も出てきた。この日は、ウランバートル市内に戻る日だったのに・・・・・。
市内へ帰る間も、時々車を止めてもらっては、吐き続けていたのだった。
ホテルに帰ってすぐ布団にもぐりこみ泥の中に引きずり込まれる様に眠りについたのだった。
せっかく旅が楽しくなり始めたとたんに倒れてしまったのだ・・・。


〜ウランバートル後編 & シベリア横断鉄道へつづく〜


2005年8月14日
SUMIN 編集